イップス

イップスの原因

イップスの原因とは

イップスは、脳の活動範囲が変化し、オーバーラップしてしまう症状

工藤氏はその後、イップスの原因について他の文献にて更なる解説を加えています。

「何度も練習しているはずなのに、いざ運動しようとするとうまくできなくなってしまう。これがイップスと呼ばれる症状です。病名としてはジストニアに相当し、神経症とは関係ないことがわかっています。近年の研究により、イップスは同一動作の過度の繰り返しにより脳の構造変化が起きることで発症しうることが明らかになっています。脳には身体部位に対応する感覚運動領域が規則的に並んでいます。同一パターンの動作を繰り返し行い続けると、感覚運動野の興奮が高まるとともに活動範囲が変化して複数の領域がオーバーラップし、独立していた部分が合わさってしまいます。これにより、体部位再現性が失われて、意図とは異なる運動が現れたりしてしまいます。完璧主義の人はイップスにかかる例が多いのですが、できるようになるまでやらないと気が済まないという行動特性があるためです。また、力が入っている状態でも感覚運動野の興奮性が高まるため、力みやすい人も注意が必要です」

工藤和俊著『スポーツと脳との関係』Coaching Clinic 201503

イップスは、同じ動作を過度に繰り返すことで、脳の中の感覚運動野に変化が起こり、発症する可能性があると説明されています。脳には、手首・肘・肩など、体の各部位に対応した領域が規則的に並んでいます。しかし、同じ動作を繰り返し続けることで、それらの領域の興奮が強まり、本来は分かれて働くはずの神経の部分同士が重なり合ってしまうことがあるということです。このような“重なり”が起こることで、脳が体の各部位を正確に区別しにくくなり、自分では意図していない動きが現れやすくなるということが考えられます。つまり、「ちゃんと動かそう」「早くこの動きを定着させよう」と思えば思うほど、脳内の指令の整理がうまくいかず、結果、かえって不随意な動きやフォームの乱れを誘発してしまうようです。また、過度なプレッシャーを受けることで”チョーキング”が起き、混乱状態のまま同じ動作を必要以上に繰り返すことも同様のことが言えるのではないかと考えられます。完璧主義の傾向がある人や、力みやすい人は注意が必要とも述べられていますので、できるまで何度も繰り返そうとすることや、力みが強く続く状態が感覚運動野の興奮を高める一因になるということではないでしょうか。


 

<野球におけるイップスの症状例>

野球の投球動作では、肩・肘・手首などの上半身の各部位が複雑に連動して動いています。そのため、イップスの症状は突然大きく現れるのではなく、一連の動作の中のごくわずかな変化として現れることがあります。その変化は非常に微細であるため、周囲からはもちろん、本人でさえ気づかないことも少なくありません。しかし本人は、「以前と何か違う」「思うように投げられない」といった漠然とした違和感を覚えることがあります。私は、このような違和感こそがイップスの初期症状の一つではないかと考えています。※この段階では、すでに投球動作に対する不安が生じているため、本来無意識に行えていたボールのリリース位置やタイミングが曖昧になり始めています。こうした状態が続くと、次第にその不安が動作そのものに影響を及ぼし、例えば

・手首が折れ曲がった状態でボールをリリースしてしまう
・テイクバックが以前より大きくなる<
・リリース直前に利き手が頭に当たる
といった、周囲からも確認できる不随意運動へと発展していくのではないかと推測しています。

 

フォーカルジストニア(局所性ジストニア)

演奏者が思い通りに手指を動かせなくなってしまう

もうお一人ご紹介します。フォーカルジストニア(局所性ジストニア)の病態研究で、数多くの実績を上げている古屋晉一氏です。以下、古屋氏の書籍の一部を引用します。

「フォーカル・ジストニア(局所性ジストニア)とは、聞き慣れない名前かもしれません(中略)発症しても痛みやしびれは伴いません。しかしピアノを弾こうとすると、意図せず手指の筋肉に力が入って固まってしまったり、動かそうと思っていない指が動いてしまったりと、思い通りに手指を動かせなくなる病気です。(中略)ゴルフでは、パッティングのときだけ身体が固まって動かなくなる『イップス』という病気がありますが、これもフォーカル・ジストニアとの関連が指摘されています」「フォーカル・ジストニアを発症すると、手指が動かせなくなるため、速いパッセージを演奏することが困難になります。さらに指を伸ばす動きが難しくなるので、鍵盤から持ち上げるために時間がかかってしまい、音の長さが長くなったり、リズムが不正確になってしまいます。このように、フォーカル・ジストニアとは、思い通りに演奏ができなくなってしまう、とても恐ろしい病気なのです」

古屋晋一著『ピアニストの脳を科学する』118、119P引用

 

ピアニストが演奏時に用いる手指の複雑な連動動作と、野球選手が投球時に行う肩・肘・手首などの連動動作とでは、関与する神経回路や身体の使い方に違いはあります。しかし、動作を無意識にコントロールしていたはずの神経系に何らかの乱れが生じ、思い通りに身体を動かせなくなるという点では、奏者と選手に起きている現象は本質的に共通しているのではないでしょうか。

フォーカル・ジストニア 3つの特徴

 

更に古屋氏は、フォーカル・ジストニアには以下3つの特徴があると解説しています。

①脳からの指令を抑制できなくなる

フォーカル・ジストニアによって脳内に起こる変化として、まず第一に挙げられるのが、脳から筋肉に送られる命令を「待て!」と抑制することができなくなる、ということです。(中略)なお、動作の抑制に関わる脳の部位として、大脳基底核というところが脳の奥深くにあります。フォーカル・ジストニアを患うと、この大脳基底核の一部である被殻の大きさが、大きくなることが知られています。(中略)おそらく、フォーカル・ジストニアを発症し、大脳基底核の抑制機能が低下することで、他の脳部位から被殻へ送られてくる情報を十分に抑制できず、たくさんの信号が送られてしまうために、被殻がいっそう大きくなるのではないかと考えられています」※被殻とは、運動系機能を司る役割。運動の強化学習に影響する部位。

②手指の脳内地図が書き換えられてしま

フォーカル・ジストニアによって脳内に起こる2つ目の変化は、身体から脳に送られる情報を、適切に処理できなくなるということです。つまり、皮膚や筋肉の感覚を処理する脳の神経細胞に、好ましくない変化が起こってしまうということです。(中略)ジストニアを患うと、脳の中での部屋同士の区切りが曖昧になってしまい、いわゆる相部屋のような状態になってしまいます。上述図①と合わせて御覧いただくと分かりやすいかと思います。ある部分の脳内地図(部位)が書き換えられてしまい、意に反する動きが表れるということかと考えられます。

③必要のない筋肉まで働いてしまう
フォーカル・ジストニアを発症すると、ある筋肉を使う際に、その周りにある複数の筋肉も「つられて」一緒に収縮してしまいやすくなるという変化です。(中略)つまりある筋肉を使うと、その筋肉の働きを手助けする筋肉が一緒に働くだけでなくて、協力する必要のない筋肉までもが一緒に収縮しやすい状態になっていたのです。そのため、たとえば親指で打鍵しているときに、自分では意図していないのに小指が一緒に動いてしまうといったことが起こるわけです。(中略)通常、手指の筋肉のうち、ある一つが収縮しているときには、その筋肉に指令を送る神経細胞は活性化し、その周りの筋肉に指令を送る神経細胞は活動しにくい状態になります。つまり、ある筋肉を使っているときには、周りの筋肉が一緒に収縮してしまわないような 脳のしくみになっているわけです。

古屋晋一著 春秋社 『ピアニストの脳を科学する』121~127Pより引用

イップスへの誤解に苦しんでいる選手がいまだに多い状況です。まずは目に見える症状の背景にある仕組みを理解することが根本的な解決に繋がります

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