イップス(yips)
イップスとは、同じ動作を過度に繰り返す中で起き得る運動障害といわれています。医学的には、局所性ジストニアや職業性ジストニアの一種として考えられているようです。特にフォームを細かく修正したり、一部の関節の動きに意識を集中し続けたりすると、自分の意思に反した動きが起こりやすくなるとされています。その結果、これまで無意識にできていた動きが崩れ、本来のフォームを再現できなくなってしまいます。
かつてイップスは、精神的な問題や“心の病”として捉えられることがありました。しかし近年の研究では、イップスは脳の変化に関連する運動障害であり、単なる気持ちの問題ではないことが明らかになっています。以下はイップスの研究者の一人である工藤和俊氏の知見として、イップスや職業性ジストニアのある人とそうでない人の間で、神経症傾向に大きな差は見られなかったことが記されているので、ご紹介いたします。 「職業性ジストニアは、筋や腱、あるいは脳における器質的原因が特定できなかったため、かつては神経症の一部に分類されていた。すなわち心理的要因による「こころの病」であると考えられていた。しかしながら、神経症の診断テストを実際に行ってみると、これら職業性ジストニア患者のスコアは健常者と変わらなかった。また、熟練ゴルファーを対象とした研究においても、イップス罹患群と非罹患群との間で神経症スコアに差は見られなかった。これらの知見により現在では、職業性ジストニアやイップスは神経症ではないと結論づけられている」 ※器質的原因とは、内臓や筋肉の損傷がある原因のことです。神経症とは、主に心理的原因によって生じる機能障害のことを指します。 つまり、イップスは「メンタルが弱いから起こる」という理解では不十分であり、現在では神経症(心の病)ではないと考えられています。この点を正しく理解することは、イップスを患っている本人にとっても、また指導者や周囲の人にとっても非常に重要ではないでしょうか。この点を誤ってイップスは「気持ちの問題だ」と理解をしてしまうと、本人を必要以上に追い詰めてしまう恐れがあり、また選手の可能性や成長を妨げてしまいかねないように感じてしまいます。 イップスへの誤解に苦しんでいる選手がいまだに多い状況です。症状の背景にある仕組みを理解することが根本的な解決に繋がります。
イップスになると、以前はできていた動きが思うように再現できなくなるため、その当事者は強い戸惑いを感じます。不安、焦り、苛立ち、葛藤、自己嫌悪といった気持ちが生まれることも少なくありません。ただし、これらの心理的な苦しさは原因そのものではなく、動作の異変によって二次的に生じる心理的な反応ではないかと考えられています。
たとえば野球ではイップスによって「これまで普通に投げられていたのに急に投げにくくなった」という変化に対する不安や、ボールをどこでリリースするかわからなくなる不安、指先の感覚が薄れて“投げている実感”を持ちにくくなる不安などが挙げられます。また、そのような状態を見て、周囲の人から「気持ちの問題ではないか」と見られることに苦しむ選手も多いです。
なお、緊張やプレッシャーによって一時的に筋肉が固くなり、動きがぎこちなくなる状態はチョーキングといわれています。勿論、イップスの選手にもチョーキングは起きますが、通常のチョーキングよりも動作のコントロール低下が著しい点が特徴です。
イップスは、心の病ではなかった
脳の構造変化による運動障害である
